2011年07月16日

iPhone、インターネット、大学教育について

 Wired.jpで「iPhoneは大学教育をどう変えるか:具体例をレポート」という記事が掲載されていました[URL]。

 記事の内容は面白く参考になるところもあったのですが、記事のメインメッセージとは少し違うところにツッコミを入れたいと思います。
 それは今後、ますますiPhoneなどの携帯端末が我々の世界に入ってくるなかで、自覚しておくべき視点だと思うのです。

 まずは気になる箇所を記事から引用
講師が1册の教科書を指定し、これについて講義するような従来型の教室は、時代遅れになりつつある。数年で内容が古くなるであろう「印刷された教科書」に関して、単一の情報源から話を聞くというやり方は、インターネットと比べると固定的で、絶望的なまでに制限されているように見える。インターネットは、数十億という人々が常に提供を続ける、絶え間ない情報の流れへと扉を開くからだ。

 この中の特に「数年で内容が古くなるであろう「印刷された教科書」に関して、単一の情報源から話を聞くというやり方は、固定的で、絶望的なまでに制限されているように見える」という箇所に特に注目していただきたいのです。

 僕は「数年で内容が古くなるであろう「印刷された教科書」」は、正しいと思っています。けどこれは今に始まったことではなくて、1900年代前半を生きたアインシュタインも「先生、今年の試験の問題が昨年のものとまったく同じなのですが!」と質問され、「そうとも。しかし、今年は全部答えが違うよ」と切り返しています。まあTwitterのBOTの発言なので正否は定かではありませんが知識の本質をついています。つまり知識は時と共に移ろい塗り替えられるものなのです。

 しかし、その後の「単一の情報源から話を聞くというやり方は、インターネットと比べると」という箇所は直前の文とは必ずしもつながっていないし、インターネットと比べることでもないと思うのです。
 まず仮に「印刷された教科書が数年で内容が古く」ならなくても、単一の情報源から話を聞くやり方はうまくありません。インターネットは複数の情報源から話を聞くことを可能にするツールではありますが、そのこと自体を促すものではありません。むしろ回答を見つける簡便さから最初の答えに飛びついて他の答えを探さなかったり、複数の「源」から得たつもりの「情報」が実は根拠の無い根無し草。あるいは「源」を書いていないだけで、実はすべて単一の「源」から得られたコピペだった可能性もあるのです。

 いや、そもそも前提に問題があるでしょう。「印刷された教科書」が「単一の情報源である」という前提です。優れた教科書は複数の視点を柔軟に取り入れ、知識を得たことの満足感よりも、さらなる知識欲、好奇心を読者から引き出すもののはずです。

 そのような優れた教科書のもとで行われる教育は、学生に知識以上に問う力と学ぶ力を与えるはずです。知識は往々にして移ろいやすく相対的なものです。大事なのはそれらを見極め、新たに作り出していく力だと思います。アインシュタインが何を言ったか、あるいはアインシュタインが言ったのかどうかではなく、そこから何を知り、問い、考えるかです。

 iPhoneを取り入れた大学教育を行うRenkin教授(専門は中世研究)はこの点をちゃんと踏まえられているようです。以下引用
Rankin教授はいま、教壇に立って1時間話すことよりは、iPhoneを使って関連情報をその場で調べる方法に焦点を当てている。その後学生たちは、見つけた情報について話し合い、Rankin教授は正確で役立つ情報源の選定を手伝うことで会話をリードする。


 僕は大学時代にある教授が言った言葉をしばしば思い出します。
 「教育の目的は、学生が大学という機関を離れたときに自分で自分を教育する力を身につけさせることだ」

 自分の目の前にある知識やツールがどのように変化しても、学び続ける力を身につけた人にとってそのような変化は小さな変化で、教育の本質は変わらないのではないかと思います。


posted by ごとうp at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | message | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

心理学研究に見る「当たり前の結果」

 心理学の研究とは一言で言えば「人間についてよりよく知ること」なんですが、研究者であれ一般の人であれ「人間についてよりよく知ること」はできます。

 そのため、「それって当たり前じゃないですか?」と思われるようなことが心理学の最新の論文に載ることがあります。

 そのような事例を1つ取ってきて、「心理学は既に分かっていることを確かめなおす学問」とか、「心理学に発見は無い」や、もっとざっくり「心理学の研究対象はつまらない」なんて批判がされることがあります。

 しかしながら「既に明らかになっている事柄は論文には載らない」という科学の当たり前のルールを知っているならばこの批判が妥当でないことはすぐに分かるはずです。

 では、なぜ「当たり前に見える結果」が最新論文に載るのでしょうか。

 まず一つに、近年の技術革新があります。MRIなどの医療器具を使った心理的発見はもとよりコンピュータの発達と低価格化がどんどん新たな実験方法を可能にしています。したがって「当たり前だと思っているけどいまだ誰も科学的に検証できていない真実」を明らかにする方法が生まれてきているのです。

 こういう事を言うと「やっぱり当たり前のことを確かめなおしているのか」と言われそうですが、「当たり前に見える結果」が最新論文に載る理由はもうひとつあります。

 それは、これまでに行われてきた研究に問題がある場合です。

 物理学ではたまに、「理論的には可能だが現実には存在しない」なんて表現を聞くことがあります。心理学や、他の学問でも同様ですが、実験を行う際は高度に統制された環境、つまり調べたい対象以外が影響しない環境を作為的に作り出します。それが実験室というものです。例えば心理学の実験では、参加者実験に参加している間、実験室の明かりを消すことがあります。また実験室の壁が防音になっており、実験刺激以外何も聞こえない状況で実験を行うこともあります。MRI検査を受けたことのある人なら分かると思いますが、MRIはすごい爆音の中で検査を行います。言ってしまえば「実験室は現実には存在しない場所」なのです。

 これまでの研究がそういった実験室で行われてきたために作為的に「当たり前でない結果」が生み出されていた場合があるわけです。これはどういう事というと、これまでの研究が「人間についてよりよく知ること」ではなく、「実験室にいる人間についてよりよく知ること」だった可能性があるという事です。

 つまり最新論文に「当たり前に見える結果」が出てきているという事は、心理学がより妥当性のある現実に重要なインパクを与える研究が出てきているという事なのです。もちろん当たり前ではない結果も最新論文には発表されますが、そういった「当たり前に見える結果」は心理学の妥当性を支持し、これからの人々に正しく適切な助言を与えうるものなのです。


2011/07/14のトップ3
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3.美人時計
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